はまさか日記~澄風荘しょうふうそう~

兵庫県浜坂温泉・カニソムリエの宿・澄風荘の主人・スタッフが、但馬の文化や歴史、山陰海岸ジオパークのPR、浜坂の四季折々の魅力をお伝えしていきます。

加藤文太郎

山の日の行事加藤文太郎ふるさとの碑

8月11日は山の日です。昨年に引き続き「加藤文太郎を語る会」の有志で 新温泉町浜坂にある加藤文太郎ふるさとの碑を訪ねました。 この碑は、昭和45年全国高校登山大会が但馬で催された際、加藤文太郎の 生誕地に彼を顕彰する象徴として有志の手により建…

本日8月6日午後13時~サンテレビ 加藤文太郎特集「大人の登山学習会」を放映!!

六甲山全山縦走を初めてやったのは、加藤文太郎だと言われています。 今日のサンテレビ午後1時から「大人の登山学習会あこがれの登山家から学ぶ六甲山」が、放映されます。 sun-tv.co.jp 加藤文太郎は、新田次郎の小説『孤高の人』や谷甲州の小説の『単独行…

加藤文太郎談義

5月28日の朝刊で、作家の新田次郎氏と開高健氏を取り上げていたが、新田氏の作品のひとつに「孤高の人」があります。 「孤高の人」は、言うまでもなく新温泉町浜坂出身で、大正末期から昭和の始めにかけて冬山の日本アルプスを単独で次々と走破した青年の…

山の日制定記念第三事業 「藤木祭」

今年は山の日が制定された記念の年です。私たちは8月11日加藤文太郎さんのお墓参りを済ませたあと、加藤文太郎ふるさとの碑を訪ね、その後新田次郎さんの孤高の人の文学碑にもお参りしました。

山の日に「加藤文太郎ふるさとの碑」を訪ねる

8月11日は今年から実施される「山の日」で、新聞各紙はコラムや特集でとりあげております。 長野県で行われた全国大会には皇太子さまご一家が、ご出席されました。皇太子さまは山に対する造詣が深く、大慶の至りです。 十年程前には兵庫県の六甲山で、加藤文…

8月11日 海の日と山の日を考える

山の日制定と加藤文太郎 山の日は2014年に制定が決まり、今年8月11日に初めて施行される国民の祝日です。 大正の終わりから昭和の初期にかけて、日本の山々をたった一人で駆け巡った加藤文太郎と言う一人の青年がおりました。 山の日制定と加藤文太郎 魚付き…

8月11日 「山の日」 に寄せて 高嶺会藤木会長の卒寿祝い

高嶺会藤木会長の卒寿祝い 高嶺会の事務局長の宮前さんから「高嶺会の歩み」と題した冊子が届けられました。今年の総会で藤木会長の卒寿のお祝いがありましたが、私は所用で出席することが出来ませんでした。

再度山(ふたたびさん)善助茶屋跡地と加藤文太郎

「毎日登山発祥の地 善助茶屋」の冊子 再度山(ふたたびさん) 「孤高の人」のイメージとは違う加藤文太郎 「毎日登山発祥の地 善助茶屋」の冊子 昭和53年に編集された50頁の「毎日登山発祥の地 善助茶屋」という冊子があります。(善助茶屋跡を保存する会…

加藤文太郎はトランプ好き!/加藤文太郎のはがき

先日の記事の続き blog.syofuso.com 先日ブナの会で澄風荘へ来られた小野さんの娘さんと加藤文太郎のはがきのことを話してていると、 「そのはがきのなかにトランプのことが書かれていましたね。」 と、小野さんの娘さんが言われました。 私の記憶によると、…

ブナを植える会と加藤文太郎/第17回久斗山創造の森ふれあいまつり

加藤文太郎のご縁で、神戸のブナを植える会の皆さんとの交流が始まって30年近くになります。 平成4年からは、新温泉町久斗山にある創造の森に1000本のブナの苗木を植えていただくようになりました。 毎年一度は、そのブナの成長を見守るためにお越しいた…

岳人11月号の加藤文太郎特集・・文太郎の足あとを辿って

加藤文太郎の遺稿集「単独行」より 昭和2年秋、当時、22歳の加藤文太郎は一泊二日の槍ヶ岳登山に出かけた。岳人11月号の加藤文太郎特集には、このような件から始まります。 一般の登山者であれば、三泊四日の行程になるという。 文・・東山高志氏 写真…

岳人加藤文太郎特集「フィクションと実像のはざまで」

今月15日発売の「岳人」11号には地元浜坂出身の孤高の岳人加藤文太郎特集が34ページにわたって掲載されています. まず、始めに「フィクションと実像のはざまで」加藤文太郎のプロファイルについて作家の谷甲州氏が書かれています。 谷氏は小説「単独行…

漫画坂本眞一「孤高の人」・・・森文太郎から加藤文太郎へ

新温泉町浜坂にある先人記念館「以命亭」では、地元浜坂出身の登山家加藤文太郎を描いた新田次郎の小説を「孤高の人」を原案とした坂本眞一氏の漫画「孤高の人」の原画を展示しております。 漫画「孤高の人」は、ヤングジャンプの連載で、集英社から17巻の…

「山に生きる父と子の170年」

先月28日芦屋にある高座の滝において「藤木祭」に参加した際、藤木高嶺先生から「岳人」に1年間の連載が始まり、第2回目(11月15日発売予定)には加藤文太郎さんのことを書きますヨ。と言われていました。 10月15日の「岳人」の発売を待って読ん…

藤木祭に参加して

藤木祭に参加して、約3年ぶりの藤木高嶺先生都の対面で、10月中旬に発売される「岳人」に、 藤木九三翁と高嶺先生の127年の連載が始まることを知りました。 「加藤文太郎さんのことも書いてありますよ」、とのお言葉。更にはご挨拶の中で、「遠く加藤…

藤木祭に行って参りました。

好天の今日芦屋市の高座の滝で行われた第25回藤木祭に行って参りました。体調を少し崩しているが、仲間の平田さん、丸山さん、田中くん等に支えられての参加でした。 藤木高嶺先生や奥様とも三年ぶりにお会いできました。高嶺会の事務局長の宮前さんやブナ…

藤木祭が行われます!!

9月28日第25回藤木祭が午後1時から芦屋市の高座の滝前で行われます。 開会の言葉 兵庫県山岳連盟 森川列 主催者あいさつ 兵庫県山岳連盟会長 中西研一 来賓あいさつ 芦屋市長 山中 健あな お話し 「瀬戸内海国立公園について 環境省神戸市自然保護官事務所…

加藤文太郎のふるさとを訪ねて!!

新田次郎の小説「孤高の人」や谷甲州の「単独行者」のモデルで不撓不屈の岳人「加藤文太郎は、新温泉町浜坂に明治38年3月11日に生まれました。 9月の連休最終日、その加藤文太郎のふるさとを訪ねて浜坂までお越しくださいました。 昨日は、文太郎がよく登っ…

加藤文太郎と藤木九三さん

囲炉裏で海賊焼きと言うことで、澄風荘に脚をお運び下さいました。浜坂の海で揚がった魚介を炭火焼きでお召し上がり頂きました。 朝食はテーブルのお部屋でごゆっくりとしていただきましたが、浜坂出身の加藤文太郎のことと藤木九三さんの関係を尋ねられまし…

ブナの木を植える人たち

新温泉町の浜坂から18kMほど山間に入ったところに久斗山という集落がある。そこにブナの森づくりを20年以上も前から続けておられるグループが神戸にある「ブナを植える会」のみなさんです。 この会のみなさんも浜坂出身の加藤文太郎との御縁の深い方々…

加藤文太郎のふるさとを訪ねて むかご会のお客様

昨夜は2組の団体のお客様がありました。両方共新田次郎の小説や谷甲州の小説のモデル単独行の加藤文太郎と御縁のある方ばかりです。 むかごの会の皆様は諸寄駅下車され、歩いて城山園地を経て、加藤文太郎ふるさとの碑を訪ね、城ヶ鼻灯台から澄風荘にお越し…

「風説のビバーグ」 松濤明と加藤文太郎 加藤文太郎のことその16

6.加藤文太郎と松濤明 加藤文太郎と北鎌尾根といえば ,同じ北鎌尾根で命燃え尽きた松濤明が思い起こされます。 13年後の昭和24年奇しくも1月6日、槍ヶ岳北鎌尾根で加藤文太郎と同じようにパートナーを伴って、一人の単独行者が、命を落としています…

妻花子さんと愛娘登志子さん 加藤文太郎のことその15

「加藤文太郎のふるさとの碑」の高台から浜坂の町と青い海を眺めると、しんとした静寂さがこころに広がり、文太郎の孤独と彼を支えた一人の女性の孤独が思い寄せて来るように感じます。 人は、決して一人では孤独を知ることは出来ません。沢山の人との出会い…

文太郎と文学・漫画作品 加藤文太郎のことその14 

平成16年、加藤文太郎生誕百年の年、山岳雑誌「山と渓谷」の特集で「単独行と加藤文太郎」いう企画があり、作家の谷甲州さんが来町されました。 谷先生は、加藤文太郎も登ったことがある扇ノ山に登り、案内には地元のY君やT君も同行しました。 夜には、谷…

加藤文太郎記念図書館設立までの話 加藤文太郎のことその13

浜坂の町中を味原川という小さな川が流れています。川の片側には、高い石垣と古い塀が連なる家並みがあって味原小径と古い家並み昔の面影を感じさせてくれます。その反対側に、日本アルプスをイメージした屋根の建物が町立加藤文太郎記念図館です。 平成2年…

「孤高の人文学碑」健立へ向けて 加藤文太郎のことその12

平成元年、町の教育委員会のSさんから「流れる星は生きている」というテーマで、藤原てい氏の講演を企画しているが、藤原さんに講師のお願いがしてもらえないだろうかと、依頼を受けました。私は、山本茂信先生に倣って、「折角、藤原さんをお招きするのに、…

加藤文さんは今も生きている 加藤文太郎ふるさとの碑 加藤文太郎のことその11

4.加藤文さんは今も生きている 加藤文太郎とごく親しい山仲間であった多田繁次さんや永楽孝一さんは、「加藤文さんは今も生きている」と、言われました。 実は、私もそう思っている一人です。 加藤文太郎から影響を受けた人は、植村直己さんを始め久谷の尾…

新田次郎と加藤文太郎 加藤文太郎のことその10

孤高の人は、新田次郎氏の小説で、山と渓谷から昭和38年より連載され話題になり、山を知らない多くの人たちにも加藤文太郎のことを広く知って戴くきっかけとなりました。 新田氏は、気象庁の職員であった当時、富士山測候所に交代勤務で登る途中、五合五勺…

花子さんとの結婚 遅刻の披露宴 加藤文太郎のことその9

文太郎は、翌10年1月16日長田神社で、同じ浜坂生まれの下雅意花子さんと挙式し、神戸で新婚生活を始めます。 その後、郷里の浜坂で結婚披露宴のため帰郷するが、途中、扇ノ山などに登りながら帰ったため、披露宴に大変遅刻して、花嫁の花子さんをやきも…

三菱社員としての加藤文太郎 加藤文太郎のことその8

昭和4年の八ヶ岳の山行では、無人の山小屋にただ一人立てこもり、破れた障子穴から吹き込む吹雪に身ぶるいしながら元旦を迎えた時の手記をRCCの会報に次のように報告している。その抜萃の一文です。 「今日は元旦だ、町の人々は僕がもっとも好きな餅を腹一…