1.国宝的山の猛者槍に消える
昭和11年の年が明けると、神戸の街は2日から降り続いて大変大雪の正月を迎えておりました。
結婚一年足らずの加藤花子さんは、生後二ヶ月にもならない乳飲み子を抱え、不安な日々を送っておりました。
年末の29日から槍ヶ岳に出かけた夫の加藤文太郎が下山予定日を過ぎてもまだ帰らなかったからです。
今回の山行は、単独行者の加藤には珍しく同伴者がおりました。
国鉄の神戸鷹取工場に勤務する吉田富久です。
吉田は加藤文太郎より年は若いが、優秀な山の実践者でした。
不安を隠しきれない花子さんは、吉田の実家へご尊父様を訪ねました。
「加藤さんと一緒なら大丈夫です。」と、強く励まされました。
「吉田さんの御父上から、こんなにも、加藤のことをご信頼して戴いているのにもかかわらず、もし二人が無事に帰って来なければ・・・」
吉田の家から帰る途中、花子さんには新たな不安が脳裏をよぎりました。
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