今年度2016年のノーベル医学生理学賞は大隅良典氏(現・東京工業大学栄誉教授)が受賞しました。おめでとうございます。
大隅教授の解明した「オートファジー」について父から「どういう意味で、なんの役に立つのか*」と聞かれたので、オートファジーの意義について簡単にわかりやすく説明してみたいと思います。
普段のブログテーマとはかけ離れますが、ご興味のある方は読んでみてください。
*なんだかトレンドアフィリエイトブログみたいですが、ネット記事の寄せ集めではなく、自分の基礎知識と手持ちのテキスト、東工大大隅研究室の論文・総説を元に書きます。
一般に研究の価値と「役に立つかどうか」は関係ありません。ここでは、「生物としてどのような役割を果たしているか」について書きたいと思います。
タンパク質とは
生体内で重要な働きをするタンパク質
私達は普段食べ物として肉や魚、大豆を摂り、タンパク質を消化分解しアミノ酸として吸収しています。
図1 タンパク質の分解・吸収と再合成
タンパク質は20種類のアミノ酸からなり、タンパク質がある特定の機能をもつにはアミノ酸配列により決まる立体構造が重要です。
タンパク質は赤血球内で酸素と結合して酸素を運搬する役割を果たすヘモグロビンや、様々な生体内反応を触媒する酵素、免疫細胞(B細胞)が作り出す抗体、筋肉の収縮に関与するアクチンとミオシン、生体の機能や状態を維持・調整するホルモン(とその受容体)として、など生きていく上で重要な働きをしています。
図2 タンパク質の働き
ほとんどのタンパク質は生物によって異なります。特定のタンパク質が特定の働きをします。
酵素やホルモンは非常に特異的な反応や基質、受容体に対して作用します。
ヒトと他の生き物では、似たような働きをするタンパク質でもアミノ酸配列が違うことがあります。
最近よく「健康食品」として「生酵素」という単語を見かけますが、別の生物や植物の酵素を摂取しても胃で分解されてバラバラになり吸収されるので、食べた「生酵素」とやらが「酵素」として働く訳ではありません。まあアミノ酸として栄養にはなりますけど。
こういった「疑似科学」や怪しい健康食品の売り文句にはだまされないでください。
生体内に必要な酵素は自らが合成しているのです。
遺伝子発現によるタンパク質合成
そのタンパク質合成を支配しているのがDNAです。DNAからRNAへ転写・翻訳されてタンパク質が合成されるというアレです。
遺伝子の発現の機序は理系の高3の生物で基本はやると思いますが、簡単に概要を図で説明します。
図3 遺伝子発現と転写翻訳(タンパク質合成)
DNAには塩基が4種類あり、DNAの塩基配列がRNAに転写され、RNAの3つの塩基が一つのアミノ酸を指定することによってアミノ酸配列を決定します。これにより特定の立体構造を持つタンパク質が合成されます。
特定の遺伝子が特定のタンパク質合成を支配することで特定の生体内の反応や働きを調整しています。
DNA → mRNA →アミノ酸配列決定 →タンパク質合成 →固有の働きをする
一つの遺伝子が欠損しているだけで病気になったりするのはこういうわけです。
転写・翻訳機構についてはこちらのページがわかりやすいです。
タンパク質の素となるアミノ酸をどこから調達しているか
このように生体に重要な働きをしているタンパク質なのですが、その材料となるアミノ酸はどこから調達しているのでしょうか。
もちろん食事としてタンパク質を摂取しアミノ酸を吸収しています。が、それだけでは常に安定してタンパク合成ができません。
そこで自らのタンパク質を分解し、再利用しているのです。
アミノ酸の供給源:オートファジー
はい、ここでやっと「オートファジー」の話に来ました。
「オート」は「自己」「ファジー」は「食べる」という意味のギリシャ語です。
細胞内の不要な成分を自ら食べ分解する作用を「オートファジー」と言います。
細胞内の不要なタンパク質や脂質、不良ミトンドリアなどの細胞内成分を膜で包み、オートファゴソームを形成します。オートファゴソームは細胞内消化酵素を持つリソソームと融合し、タンパク質などを分解するオートリソソームを形成します。
図4 オートファジーの模式図 参照:
http://www.cellcycle.m.u-tokyo.ac.jp/research/index.html
オートファジーにより分解されたアミノ酸はタンパク質再合成に利用されたり、糖新生,ATP合成経路のTCA回路の中間体(アセチルCoA)へ変換し取り込まれたりして生体内の働きに貢献します。
タンパク質分解系にはオートファジーの他に選択的なシステムであるユビキチン・プロテアソーム系もあります。
ユビキチン・プロテアソーム系の解明も2004年にノーベル化学賞を受賞しています。
オートファジーによる細胞内浄化
オートファジーにより細胞内浄化が行われ、細胞は新鮮な状態を維持し正常な機能を果たすことができます。
例えば、神経細胞は寿命が長いですが、オートファジーが活発です。
オートファジー不全や抑制により疾患が発病することが知られています。
オートファジー関連遺伝子や選択的オートファジーに関与する遺伝子の変異により起こる疾患はクローン病,パーキンソン病,SENDA病,がん等があります。
オートファジーと疾患の関連
オートファジーにより除去されるはずの細胞内の不要なタンパク質や異常なミトコンドリア、脂質が蓄積することで病気が発症するのではないかと言われています。
パーキンソン病は神経伝達物質であるドーパミンを産生するドーパミンニューロンの変性および脱落ドーパミンの減少によって神経伝達に機能失調をひき起こし,振戦などの運動障害を発症する病気ですが、異常なミトコンドリアが蓄積することがわかっています。
こうした異常ミトコンドリアをオートファジーやユビキチン・プロテアソーム系で除去することがパーキンソン病発病の抑制につながっていると考えられています。
図5 オートファジーと疾患
がんの場合は、オートファジーは腫瘍の形成を抑制する一方,アミノ酸を供給することによっていったん腫瘍化してしまった細胞の増殖を促進するので複雑です。
どちらにせよオートファジーのバランスを保つことが生体内の働きを維持するのに重要な役割を果たしているといえます。
生体内の重要な役割を果たすタンパク質の分解・再合成に貢献するオートファジー。
このシステムは酵母菌から人間まで真核生物に共通しています。
生物の生きていくためのシステムは緻密かつダイナミックで面白いですね。
分子細胞生物学や医学生理学分野での日本の研究の貢献度は高いです。そうした研究を支え応援できる社会や地域でありたいと思います。
参考:
- 作者: B.etal. Alberts,中村桂子/松原謙一
- 出版社/メーカー: 南江堂
- 発売日: 2011/02/25
- メディア: 単行本
- 購入: 4人 クリック: 29回
- この商品を含むブログを見る
オートファジーについては「Essential」も「THE CELL」も記述は少ないです。
総説:
https://katosei.jsbba.or.jp/download_pdf.php?aid=319
水島研究室 分子生物学分野|オートファジー (自食作用)と呼ばれる細胞内の大規模な分解系を中心に、タンパク質代謝、栄養シグナル、細胞内品質管理などの研究をしています。
図・イラストは
イラスト集 | 医療関係者向け情報サイト kksmile | 協和発酵キリン
の素材を使って自作しました。(図4除く)