はまさか日記~澄風荘しょうふうそう~

兵庫県浜坂温泉・カニソムリエの宿・澄風荘の主人・スタッフが、但馬の文化や歴史、山陰海岸ジオパークのPR、浜坂の四季折々の魅力をお伝えしていきます。

文太郎と文学・漫画作品 加藤文太郎のことその14 

平成16年、加藤文太郎生誕百年の年、山岳雑誌「山と渓谷」の特集で「単独行と加藤文太郎」いう企画があり、作家の谷甲州さんが来町されました。

谷先生は、加藤文太郎も登ったことがある扇ノ山に登り、案内には地元のY君やT君も同行しました。

夜には、谷先生を中心に編集者の松井さん、カメラマンの梶山さん、Y君とT君、そして私とで文太郎談義に花を咲かせました。

文太郎談義の中で、『孤高の人』とはまた違った加藤文太郎をモデルにした小説を書いて欲しいと、谷甲州さんにお願い致しました。

 

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それから四年後、雑誌山と渓谷に『単独行者』の連載が始まり、谷さんは私たちとの約束を果たしてくれました。

他にも加藤文太郎関係では、集英社から「孤高の人」を原案にしたコミック誌版「孤高の人」18巻が、坂本眞一氏によって出版されております。

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孤高の人の文学碑を訪れたコミック誌版「孤高の人」の編集者

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 浜坂先人記念館「以命亭」で開催された坂本 眞一先生の漫画『孤高の人』原画展

 

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5.「もう一人の孤高のひと」

熱狂的な加藤文太郎フアンの中の一部には、彼が単独で北鎌尾根に行っていれば遭難せず、生還できたであろうから、花子夫人が吉田氏を恨んでいたと、まことしやかに言う話がありますが、そのようなことは全くありません。

昭和34年7月吉田氏の岳友や三菱登山部の友情によって、文太郎・富久両名の名前をとった「文富ケルン」が二人の遭難した現場に建てられるとの知らせを聞いた花子さんは、山仲間の皆さんの何時までも変わらぬ友情に、当時入院していた病院のベットの上で、他の患者さんに気づかれないように布団を被り嬉し泣きされたそうです。

因みに、銘板には加藤文太郎の山の師藤木九三氏による

 

ひた吹雪く 

     北鎌尾根に

   命かまけ             

     積みしケルンの

   高く  志るしも 

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としるしている。  

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