浜坂の昔話を一つ。
浜坂の宇都野神社に奉られている鮑之霊水のいわれは、社伝によると人皇十代、崇神の御代四道将軍彦坐命が軍艦で但馬に来られ、賊を平定された折、宇都野真若命は浜坂の塩谷浦に将軍を出迎え軍艦の修理を仰せつかる事になった。
しかし、船底には大きな穴が開いて船の修理は困難を極め、このまま修理に手間取ると宇都野真若命は、その責めを負わなければならない。
そこに以前より密かに命を慕う美しい村娘が鮑の姿に化身し、船底の穴を塞ぎその間に船は修理を終え、軍船は無事に塩谷の浦を離れて行かれた。
宇都野真若命は娘の真心を思いこの大鮑を「船魂潮路守の大神」として宇都野の地に祀られたそうである。
鮑が祀られた宇都野神社には今でも苔むす鮑の泉からはこんこんと霊水の清水が湧き出ている。
娘が命を賭して村を、宇都野真若命を救った心を鮑の化身として表現したのでしょうか。変身譚の一種ですが、日本の昔話では動物が人間に化けるパターンは多いけれど、逆は珍しいような気がします。
中国の作品「人虎伝」を原典とした中島敦の「山月記」も変身譚ですが、「李徴は自分が虎になったのは臆病な自尊心と尊大な羞恥心、また怠惰のせいである」とし異類への変身は罪障として描かれています。
一方、宇都野神社の鮑の霊水の話では、異類になることはむしろ「尊いこと」として描かれています。
日本では動物や妖怪など異類を人間より劣った存在ではなく、ときに親しみときに畏れる尊い存在ととらえる感覚があるのかもしれません。