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はまさか日記~澄風荘しょうふうそう~

兵庫県浜坂温泉・カニソムリエの宿・澄風荘の主人・スタッフが、但馬の文化や歴史、山陰海岸ジオパークのPR、浜坂の四季折々の魅力をお伝えしていきます。

「孤高の人文学碑」健立へ向けて 加藤文太郎のことその12

加藤文太郎

平成元年、町の教育委員会のSさんから「流れる星は生きている」というテーマで、藤原てい氏の講演を企画しているが、藤原さんに講師のお願いがしてもらえないだろうかと、依頼を受けました。私は、山本茂信先生に倣って、「折角、藤原さんをお招きするのに、加藤文太郎の名前を全国的に広めて下さった新田次郎さんへの感謝を表わす、文学碑を建立してはどうでしょうか」と、提案しました。

同じ予算で、「文学碑と除幕式と講演会を同時にやりましょう」と、付け加えました。

早速、藤原さんに「孤高の人」文学碑建立の承諾を戴くための手紙を書きました。藤原さんからは、快諾のお手紙を戴きました。

原石を寄付されたTさん、基礎を作ってくれたMさんなど碑の建設には多くの人達の賛助がありました。進捗状況と藤原さんとの日程調整を行いながら、平成2年11月23日に除幕式と藤原ていさんの「流れる星は生きている」の講演会が盛況のうちに無事に行われました。

その日の朝日新聞の夕刊には、この文学碑建立のニュースが第一面を飾りました。

「孤高の人の碑」は、青々とした日本海を背に白砂青松日本100撰「松の庭」の一角に建てられています。

除幕式のご挨拶で「これまで、新田に対して山の小説しか書けない作家だと文壇の評価であったが、「孤高の人」を書いたことにより、人間を書くことが出来る作家であるとの評価に変わった」と藤原さんは語られました。

また、加藤文太郎の未亡人花子さんに著作料の中から些少の生活援助を申し出たところ、花子さんは「豊かではありませんが、裁縫の技術を活かして生活しているので、ご心配は無用に」

と、丁重にお断りを受けたと、花子さんの人となりを藤原さんは話して下さいました。

新田次郎氏「孤高の人」文学碑

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